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いにしえの記憶第2章(その14) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえを知るモータースポーツファンは、今日では耐久王と呼ばれるポルシェですら、ルマン初制覇までの道のりが長く、とても険しかったことを知っていると思います。

ルマンに挑戦を続けていたポルシェにとって、初制覇の王手のかかった1969年のルマン24時間レース。ポルシェワークスのポルシェ908ロングテールクーペとジョン・ワイヤー・オートモーティブのフォードGT40が歴史に残るデッドヒートを繰り広げました。ポルシェ優勢でレースは進んだのですが、ルマン史上でもっともドラマチックと言われる結末を迎えます。ポルシェとフォードがデッドヒートを尽くした末に、ルマン史上で最も僅差となった百数十メートルの差でフォードGT40が先にチェッカーを受け、ポルシェのルマン初制覇の悲願は持ち越しとなりました。因みに1969年の年間マニュファクチャラーズチャンピオンはポルシェに輝きはしましたが・・・

スティーブ・マックィーン主演のモータースポーツファンにとっての名画「栄光のルマン」、この映画の撮影の舞台にもなった1970年のルマン24時間レース。スポーツカー史上最強のマシンとも言われるポルシェ917がスクーデリア・フェラーリの真紅のフェラーリ512Sを退け、ポルシェ悲願の初優勝を遂げます。しかし、皮肉にも優勝車は実質上のポルシェワークスであるガルフカラーのジョン・ワイヤー・オートモーティブではなく、セミワークスのザルツブルク・レーシングのエントリーした紅白のポルシェ917でした。

ポルシェ917は翌1971年のルマン24時間レースも制覇して二連覇を達成しますが、またしても優勝車はジョン・ワイヤー・オートモーティブではなく、マルティニ・レーシングのエントリーしたプライベートのポルシェ917でした。1972年に強すぎるグループ5カー、ポルシェ917排除とも言えるレギュレーション変更がなされ、ポルシェは一旦はルマンの優勝戦線からは姿を消します。

その後、1970年代後半からグループ5、グループ6、グループCの各カテゴリーのレーシングカーでポルシェは常に優勝戦線の本命に位置して、表彰台の中央が指定席となるまでになりました。ポルシェはルマン最強となりました。

一昨年からポルシェはルマンにカムバックして、ルマン24時間レースに2015年、2016年と2連勝したのは、やはり耐久レースで百戦錬磨のポルシェならではの強さの証しだと思います。

2016年のルマン24時間レースでラスト3分までトップを走ったトヨタ。当たり前ですが耐久レースはチェッカーを受けなければ完走とはならず、どんなにレースをリードしてもチェッカーを受けなければ、何の意味も価値もありません。逆に最後の3分をきっちりと走りきって24時間を全うして18度目の栄光を勝ち取ったポルシェ。耐久王ポルシェとトヨタのモータースポーツの世界での実力の差を、痛烈に感じさせられる結果となったと思いました。

ポルシェの今日の強さは、1970年のルマン初制覇まで苦渋をなめ続けたこと、1988年のルマンでグループCで最強のマシンの筈だったポルシェ962Cがジャガーワークス(トム・ウォーキンショー・レーシング)のジャガーXJR-9とのデッドヒートに敗れ、ポルシェが再びルマンの優勝戦線から遠ざかることになったことなど、ルマンで積み重ねた長い苦難とも言える歴史の重みが造り上げたものと言えるかもしれません。

何となく、ポルシェとトヨタの残り3分の差は永久に縮まることはない、との確信に近いものを感じてしまった、2016年ルマン24時間レースの結末でした。

いやーぁ、いにしえからモータースポーツはドラマチックです。。。


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いにしえの記憶第2章(その13) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

私は4年生の2学期まで品川区立の小学校に通っていました。

その小学校では、体育館で映写機を使って映画を上映して鑑賞する催しが、年に何回もありました。

体育館で上映される映画は実写、アニメと様々でしたが、ほとんど記憶に残るような作品はなかったです。

しかし、その中で唯一、鮮明に記憶に残る作品がありました。それがアニメ映画「白蛇伝」です。観たのは2年生くらいの時だったと思います。

私の記憶に鮮明に残った点は、映像の美しさ、白蛇の精の化身の娘の美しさ、娘に恋した青年が崖から転落して命を落とすという物語の悲しさでした。

そして、今から30年以上まえにテレビで「白蛇伝」が放映されたのを、たまたま観ることができました。小学生の時に初めて観てから20年位経ていましたが記憶に違うことのない、とても美しく胸にしみる映画で小学生の時の感動がよみがえった記憶があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前から、「白蛇伝」を再び観てみたいと思っていたのですが、先日、ネットショップで新品のDVDが発売されているのを知り、早速購入して昨日観ました。

私は、この映画のラストは、娘の本性を知った僧侶に白蛇の精の娘が倒されると記憶していたのですが、それは全くの記憶違いで、青年の命と引き換えに妖力を失い人間になった娘と娘によって生き返った青年が結ばれるというハッピーエンドでした。ハッピーエンドはそれはそれで嬉しいのですが、何か拍子抜けでした(私の勝手な記憶違いのせいではありますが・・・・・)。もちろん、とても美しく、情緒に溢れた素晴らしい映画であることには違いありませんが。

私はどうやら「白蛇伝」と別のアニメ映画のラストシーンを混同していたようです。

私の勘違いのラストシーンは、戦いの最後に骸骨に姿を変えた妖怪が、投げられた剣に貫かれ岩を背にして崩れ落ちるというものです。このラストシーンを持つアニメ映画も小学校の体育館で観たものと思われ、昭和30年代の作品となるはずです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日、「白蛇伝」のDVDを観てから、今度はこのラストシーンのアニメ映画がとても気になってしまい、ネットサーフィンを繰り返して、つい先ほど、そのラストシーンのアニメ映画を探し出しました。

その作品は、同じ東映が「白蛇伝」に続いて制作した「少年猿飛佐助」というアニメ映画でした。どちらも1959年の作品です。

「白蛇伝」の僧侶と白蛇の精の戦いと、「少年猿飛佐助」の猿飛と夜叉姫の戦いが私の記憶の中で混線したようです。

うーむ。。。記憶していた「白蛇伝」のラストシーンで、白蛇の精が倒された時に、蛇ではなく人間の骸骨だったのは何故か(?)という長年にわたる疑問が、単に私の勘違いによるものだったことが解り、やっと胸の中がスッキリとなった次第です。

これで今日はぐっすりと眠れそうです。。。そして、夢の中に美しい白蛇の精が出てきてくれると嬉しいのですが・・・・・


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いにしえの記憶第2章(その12) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

2週間ほど前、ネットサーフィンしていると、いにしえの米国テレビドラマ「インベーダー」の日本語吹替版のDVDが発売されていることを知り、早速、「インベーダー1st Season DVD-BOX」を購入しました。

加藤和夫さんのナレーションによる「遠く暗い、宇宙の奥から地球を目指してやってくるもの、それを今、私たちはインベーダーと呼ぼう・・・」で始まる印象的なオープニング、主人公デビッド・ビンセント(ロイ・シネス)の役柄のイメージによくマッチした露口茂さんの吹替など、1967年の初回放映時、私が小学校5年の時に夢中で観た番組そのものの内容です。

”1st Season DVD-BOX”には17話が収録されていますが、観ている途中で”2nd Season DVD-BOX1”も欲しくなり、続けて購入しました。5月27日には”2nd Season DVD-BOX2”が発売予定、3つのボックスで全43話が発売されることになりますが、もちろん、”2nd Season DVD-BOX2”も購入することになると思います。

「インベーダー」全43話のうちで、初回放送時に見逃したのが2,3話ありましたが、その後の再放送で全話観ています。しかし、初回放送時そのままのDVDでじっくりと観ることができるのは、往年のファンには嬉しい限りで、涙がちょちょぎれそう(今や死語?)です。

名作「逃亡者」を制作したクイン・マーチン・プロダクションによるこのドラマ、主人公ビンセントが宇宙人に追われつつも、宇宙人が地球に来ている証拠を求めて、孤独な旅を続ける姿は、主人公キンブルがジェラード警部に追われつつも、片腕の男を捜して、孤独な旅を続ける「逃亡者」と重なるものがあります

宇宙人による地球侵略というテーマながら、派手なSFシーンなどを排して、極めてシリアスに日常生活に忍び寄ってくるインベーダーの恐怖を淡々と、極めて現実的に、本当にありそうに描いていることが、このドラマの魅力です。また、アメリカの様々な地域の文化や景観、1960年代の日本に比べて、はるかに豊かなアメリカの日常生活が垣間見れることも、このドラマの魅力の1つとなっていました。

今、”2nd Season DVD-BOX1”の途中まで観ましたが、出演しているゲスト俳優陣も、いにしえのテレビドラマ好きには嬉しいです。
ダイアン・ベイカー、スザンヌ・プレシェット、J・D・キャノン、ピーター・グレイブス、ジョセフ・カンパネラなどなど、この時代のテレビドラマを飾った名優たちが、毎回、華をそえています。

「インベーダー」を観ながら、1960年代のテレビドラマが現代のテレビドラマよりも密度が高くて見応えがあると、つくづく考えてしまうのは、いにしえを懐かしむことが多くなった、私の歳のせいかもしれません。

・・・もしも、タイムトラベルができたら、1960年代に戻って、当時の文化、芸術、音楽、娯楽、風俗に大人になった自分として接してみたいです。


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インベーダー1st  Season DVD-BOX

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いにしえの記憶第2章(その11) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第7弾です。

今回のいにしえの記憶は、比較的最近の記憶となります。

私は一時期、韓流時代劇ドラマにハマっていました。ハマったきっかけは、「宮廷女官チャングムの誓い」でした。
脚本の面白さ、そしてチャングムを演じたイ・ヨンエさんの魅力など見所満載で、今まで何回も繰り返し観ましたが、全く飽きることがない、本当に素晴らしいTVドラマです。

そして、チャングムと同じくらい私が熱心に観た韓流時代劇ドラマが「王と私」です。知られざる内侍の生きざまを描いたこのドラマ、チャングムとは違う意味で大いに見ごたえがありました。

主役チョソンを演じたオ・マンソクさんのいかにも去勢された男性っぽい演技もさることながら、内侍府長チョ・チギョムを演じた名優チョン・グァンリョルさんの、いぶし銀の演技が印象に残っています。

そして何といってもこのドラマに私が惹きつけられたのは、稀代の不倫女として後世に語られるオウドンを演じた、キム・サランさんの美しさです。伽耶琴を奏で、詩を詠み、知性と美しさを兼ね備えた女性として描かれています。

韓国の女優さんには、驚くほどの美形が多いのですが、キム・サランさんの美しさは、その中でも群を抜いていると思います。

もちろん、ドラマの中での話ですが、こんな美女だったらソンジョン王が王族の奥方であることを承知でオウドンと関係を持ってしまうのは、納得がいく次第です。まさに国が傾く美しさです。。
私はこのドラマをはじめて観たときには、実際のオウドンの行く末を知らなかったので、大罪人として処刑されるオウドンの末路には心が痛みました。

オウドンが処刑されてキム・サランさんが出演しなくなったあとの「王と私」は、ドラマの彩りが失われた感じがして、私にはちょっと味気のないものとなってしまったのも事実です。
主役チョソンをはじめ、準主役の殆ど全員が最終回待たずに死んでしまうという、何とも言えない結末のドラマでした。意表を突かれたストーリー展開ではありましたが、ずっしりと見応えのあるドラマです。

キム・サランさんのような美貌だったら、たとえ歴史に残る稀代の不倫女でも、私的にはノープロブレム、いつでもウェルカムなのですが(かなり意味不明です・・)、そんな妄想(?)を抱きつつ、この名作ドラマでオウドンを演じたキム・サランさんに想いを馳せたいと思います。


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いにしえの記憶第2章(その10) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第6弾です。

私が高校入学の頃から、中野良子さんの熱烈なファンになりました。

中野良子さんの印象がちょっとだけ残っているテレビドラマは、1972年にフジテレビで放映された「光る海」です。共演は沖雅也さん、島田陽子さんでした。
だだ、このドラマ、セリフなどにかなりきわどい性的表現があり、高校生の私にとっては、両親、家族と一緒にテレビを見るのが気恥ずかしく、あまり見てはいません。本当は中野良子さんを見たかったのですが・・・・・

中野良子さんの魅力が私に焼き付くことになったテレビドラマの1つが、1973年に日本テレビで放映された「さよなら・今日は」です。
下落合に暮らす、裕福だが複雑な問題を抱えた一家を描いたこのドラマは、私が今までの人生の中で、日本のテレビドラマとして最も強く印象に残る作品の中の1つです。硬質の素晴らしいドラマでした。
中野良子さんは、このドラマで浅丘ルリ子さん、栗田ひろみさんと三姉妹を演じています。中野良子さんの研ぎ澄まされたような美しさと声がとても魅力的でした。今も強く印象に残っています。

そして、中野良子さんの魅力が決定的に私に焼き付くことになったテレビドラマが、同じ1973年のNHK大河ドラマ「国盗り物語」です。
高橋英樹さんが織田信長を好演しましたが、このドラマの見所の1つは、明智光秀を演じた近藤正臣さんの快演(怪演)でした。「柔道一直線」の足ピアノで一世を風靡した近藤正臣さんが、明智光秀の心の葛藤、信長への憎しみが、やがて信長への殺意に変わっていくさまを見事に演じ、その演技は今でも私の心に強く刻まれています。
中野良子さんは明智光秀の正室である、お槙を演じています。健気にも夫、光秀のことを気遣い、必死に支えようとするさまは、すばらしい演技で、結末が悲劇と解っているだけに、余計、真に迫るものがありました。

この時代の衣装をまとった中野良子さんの繊細な美しさ、近藤正臣さんとの光秀夫婦の迫真の演技で、「国盗り物語」は忘れられないテレビドラマとなり、そして中野良子さんは、文字通り私が最も好きな女優さんとなりました。

この頃、私は高校2年でした。当時、クラスメートの男子が集まって、好きな女性芸能人の話をしたことがありました。クラスメートの中で人気ダントツ1位が大原麗子さん、続く2位が中野良子さんでした。当時のアイドル歌手、山口百恵さん、桜田淳子さん、麻丘めぐみさん、浅田美代子さんなどをあげたクラスメートが殆どいなかったことが、今になって考えると、とても不思議に思えます。きっと、皆、綺麗なお姉さまが好きだったのだと思います。

時が経って1990年、中野良子さんが、膝を抱えてグラス片手に首をかしげてセクシーな美しい声で、「女房酔わせてどうするつもり?」のニッカウヰスキーのテレビCMが流れました。目を見張るような、素晴らしいCMでした。中野良子さんのような女房に、そんなこと言われたら、どうするかは、火を見るよりも明らかですね。。。このテレビCMは後年、石田ゆり子さんで復刻されましたが、私は石田ゆり子さんでは、臨戦態勢にはほど遠いです。

因みに「国盗り物語」は総集編のテープは残っていますが、「さよなら・今日は」のテープは残っていないのでしょうか?
日本テレビさん、もしテープが残っているのなら、是非この素晴らしいドラマの再放送あるいはDVD化をお願いします!。そして、その映像を観て、中野良子さんの魅力にどっぷりと浸りたいと思います。


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いにしえの記憶第2章(その9) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第5弾です。

私が都立高校1年生だった1972年、明治5年の鉄道開業から100年の節目の年でした。

鉄道100年の記念事業として有名なものは、何といっても国鉄による「梅小路蒸気機関車館」の開館です。そして、記念事業の1つに、国鉄が制作に全面協力ということで大きな話題となったTVドラマ「鉄道100年 大いなる旅路」の放映がありました。オムニバス形式で1時間枠2回で1エピソードという構成、チャンネルは日本テレビでした。

無論、鉄道ファンだった私は、このドラマに大きな関心を持ったのでしたが、現代ドラマや海外ドラマ好きだった私にとって、あまり面白さが感じられず、たまに暇つぶしでチャンネルを合わせた程度でした。

ドラマ中で、ハチロク(8620)のナンバープレートを付けたC56が走ったり、戦前の時代設定なのにD51にシールドビームの補助灯が付いていたり、C62のナンバープレートを付けたD51が「はと」のヘッドマークを付けて走ったり、「鉄道ファンを馬鹿にしている!」と、ちょっと憤慨したものです(当時はガキで若かったです)。

ただし、小椋佳さんによる主題曲は美しく、とても癒される唄声で、当時はマスコミに一切、顔を見せなかった、小椋佳さんはどんなアーティストなのだろうと、大いに興味をもったのを憶えています。

初回放映の翌年、1973年に平日の夕方に再放送され、高校の授業を終えて帰宅した後、チャンネルを合わせることはありましたが、やはり根を詰めてこのドラマを観る気は起きませんでした。

しかし、当時、ブラウン管を食い入る様に観て、42年経った今でも鮮明に憶えていて、強烈な印象が残っているエピソードが1つだけあります。

東北地方を舞台に、貧しい小作の娘(武原英子さん)と機関士を目指す青年(森次浩司さん:ウルトラセブンのモロボシ・ダン)の悲恋のエビソードです。

娘は都会の工場で女工として働いていたのですが、工場が潰れて故郷の実家に戻ってきます。しかし、何人もの幼い兄弟、薬代のかさむ病床の母と小作の家の家庭環境は、とても厳しいものでした。食い扶持が増えることを意味する娘の帰郷を、父親は快く思いません。

一方で、故郷に戻った娘に再会した青年は、娘に対する長年の想いを告白して、自分が機関士になったら一緒になろう、それまで必ず待っていてくれとプロポーズ、娘も、とても嬉しい、一緒になりたいと青年に想いを返します。

しかし、案の定というか、母親の薬代、家族の生活のため、父親は娘を遊郭に売る契約書に判を押し、娘は遊女となるために列車で故郷を後にします。娘の乗った列車の機関助士は青年でした。

青年は必死に貯金をして、娘の居所を捜し出して、娘を身請けしようとしますが、既に娘の借金は雪だるま的に増えていて、準備した金では身請けできません。そして、二人は足抜けを試みて逃げ通して、一旦、二人は幸せを掴みかけたかにみえます。
・・・が、青年の思い通りにはならず、ドラマはとても悲しい結末を迎えます。高校生2年生だった私は、このドラマを観終わったときに、このドラマのようなことが現実に存在すれば、人生は余りにも不条理、こんなことがあってたまるか!と思ったものです。

武原英子さんは迫真の演技で、純情な田舎娘、艶やかさの内に深い哀しみを秘めた遊女、そして胸を患って命の灯が尽きようとする遊女を鮮やかに演じています。
どの役柄の武原英子さんも、とてもお美しく、私より10歳年上ですが、こんな女性と知りあってみたい思ったものでした。

このドラマを観た私の脳裏に鮮烈、強烈な記憶を残したシーンが2つありました。
1つは、ドラマのラスト間近、偶然、青年と再会した遊郭の部屋で、立派な機関士になった青年に「毎晩、何人もの男に抱かれて、何も感じなくなった」と武原英子さんが捨て台詞を吐くシーン。
もう1つは、226事件勃発で機関区から緊急招集が掛かって、偶然再会した遊郭から、足早に去っていく青年を追い、小雪舞う夜の雪道を赤い襦袢をまとった武原英子さんが裸足で駆けるシーン。
この2つのシーンは、それから42年、このドラマの中の武原英子さんの美しさとともに、事あるごとに思い出します。

武原英子さんは多くの時代劇ドラマ、現代ドラマに出演されていましたが、大いなる旅路のこのエピソード以外では、殆ど私の琴線に触れることはなく、それらの記憶は残っていません。
武原英子さんは、1980年、にしきのあきらさんと結婚されましたが、残念ながら1996年に50歳の若さで他界されました。

大いなる旅路の武原英子さん、これからも私の記憶のなかで、鮮やかに輝き続けてくれると思います。


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いにしえの記憶第2章(その8) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第4弾です。

私が大好きだった、いにしえのアメリカのテレビドラマの1つが、「インベーダー」です。私が最も熱中して観た、いにしえのアメリカのテレビドラマが、同じクイン・マーチン・プロダクション制作の「逃亡者」でしたが、「インベーダー」は「逃亡者」に次いで、熱を上げて観たドラマでした。

1967年の放映開始当時、第1話「恐怖の侵入者」(原題: Beachhead)の放送は見逃しました。しかし、、面白いテレビドラマをやっていたと、放送を観ていた兄からストーリーを聞いて、第2話「新たな目撃者」(原題:The Mutation)から、欠かさずに観るようになりました。
※因みに米国と日本は放送順番が異なり、米国ではThe Mutationは第3話です

第2話はメキシコとの国境付近で故障して飛び立てなくなった宇宙船にまつわるエピソードです。

主人公デビッド・ビンセントと一緒にジープに乗って、宇宙船を国境地帯へ探しに行く若き女性を演じているのが、女優スザンヌ・プレシェットさんです。

彼女の役どころは、国境付近の田舎町の酒場の踊り子(ストリッパー)で、国境付近の砂漠地帯で宇宙船を見たと言って、ビンセントの前に現れます。

しかし、彼女は実は宇宙人で、ビンセントを罠にはめるために接近してきたのです。ところが、彼女は宇宙人が持っていないはずの感情を持っていて、 宇宙人の仲間とビンセントとの間で心が揺れ動きます。そしてストーリーが進行していきます。

このエピソードで、宇宙人が感情を持たないこと、地球上で死ぬと赤く燃えて消えること、彼らの武器(光線銃?)は標的の物体を赤く燃やして消し去ることなどの、このドラマを形づくっている特徴的なアイテム、トリビアが初めて登場します。

このエピソードの放送時、私は小学校4年生でスザンヌ・プレシェットさんは青い瞳の綺麗なお姉さんだなぁ、くらいにしか思いませんでした。

その後の再放送時に、あるいは現在YouTubeで、このエピソードを観ると、スザンヌ・プレシェットさんは、このエピソードの役柄と相まって、とてもセクシーでグラマーで、健康的な魅力に溢れた美女であることが解りました。そして、感情を持つゆえに揺れ動く胸の内を映すような、憂いの表情を時折見せるのですが、その表情は驚くほど美しいです。

スザンヌ・プレシェットさんは、その後、「インベーダー」のエピソード「惑星からの逃亡者 」(原題:The Pursued)で、性格異常で凶暴性がある宇宙人の役を再度演じています。そのエピソードの彼女は、艶やかさを抑えた、ちょっと地味な役作りとなっています。

私は映画をほとんど見ないので、スザンヌ・プレシェットさんの出演した映画作品の印象はありません。ほかには「逃亡者」にゲスト出演していたのを、後年になって気づいたくらいです。

エピソード「新たな目撃者」の、とても美しいスザンヌ・プレシェットさんを観るたびに、「宇宙人、大いに結構!、ぜひ接近遭遇してみたい!!」(意味不明ですが・・・)と、遠く暗い宇宙の奥に思いをはせる自分であります。


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いにしえの記憶第2章(その7) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第3弾です。

小学校入学の頃から、アメリカのテレビドラマが大好きだった私ですが、数々のドラマの中で、その後の人生における価値観を左右したくらい(かなり大袈裟ですが)、熱中して観ていたドラマがあります。
それは、伝説の名作ドラマ、「逃亡者」です。

「リチャード・キンブル職業医師。正しかるべき正義も時として盲しいることがある ・・・」の矢島正明さんのナレーションで始まる、印象的なオープニングは今でも耳に焼き付いています。

1963年から1967年まで、4シーズン、全120話のどのエピソードも内容の濃いものでした(日本放映開始は1964年)。
とりわけ、1967年に2回に分けて放送された。完結編「裁きの日」は最後まで息もつかせぬ内容で、この名作ドラマのラストにふさわしい内容でした。

ドラマのエピローグ、自由の身になったキンブルが、最後の逃亡の旅を手助けした同郷の女性ジーンと腕を組んで裁判所から出てきます。そしてジェラード警部がキンブルに握手を求めたあと、裁判所の前に止まったパトカーをキンブルが見て、キンブルが複雑な表情を見せます。
それを見たジーンが、「Hey!」と声を掛けると、キンブルが「Hey!」と応えます。因みに、日本放映版では、ジーンは「リチャード?」と声を掛け、キンブルが「行こうか」と応えています。個人的には日本語訳の方が好みです。
そして、「9月2日土曜日、この日、逃亡の旅は終わった」の最後のナレーションをバックに、腕を組んで前を見て歩む、キンブル(デビット・ジャンセン)とジーンの姿が、この名作ドラマのラストシーンです。

過酷な逃亡生活が終わりを迎え、小児科医に復帰したキンブルが、この美しい、理知的で、チャーミングな女性ジーンと新たな人生をスタートさせることを視聴者に確信させるラストシーンです。

このジーンを演じている女優はダイアン・ベイカーさんです。この完結編を観たとき、このスリリングなドラマが、こんな綺麗な女性とハッピーエンドになったことに、安堵したことを憶えています。

私は映画をほとんど見ないので、ダイアン・ベイカーさんの出演した映画作品の記憶は残念ながら、ありません。
しかしながら、私の最も好きなテレビドラマのラストシーンを飾ったダイアン・ベイカーさん、私にとって決して忘れることのできない女優です。


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いにしえの記憶第2章(その6) [いにしえの記憶]

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過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

私は小学校卒業の頃まで、蝶にすごく興味があり、よく蝶類図鑑を眺めていました。今は、全く興味なしですが。。。

私が子供の頃は、春先から晩秋まで、モンシロチョウを常に見ることができました。
物心ついた頃に住んでいた品川区では、当時でもすでに周囲にはキャベツ畑、菜の花畑はおろか、畑自体が全くなかったのですが、どこで生まれるのか、鉢植えの花や公園の花に群れるようにモンシロチョウが飛来していました。

越冬しないモンシロチョウは春を告げ、秋の終わりを告げる、日本中にどこでも見ることができる存在だったと思います。

しかし、いつしか、そのようなモンシロチョウが花に群れる光景は見られなくなりました。見られなくなったのは、もう、ずーっと昔のことだったように思います。

今、時たま見かける白いシロチョウ科の蝶は、よく見ると、殆んどがスジグロチョウ(スジグロシロチョウ)です。むしろ、シロチョウ科の蝶では、黄色いキチョウ、モンキチョウを、今ではよく見かけます。

モンシロチョウが少なくなったのは、生息環境の変化の影響でしょうか?、地球温暖化の影響でしょうか?、蝶の生息域の北上の関係でしょうか?

殺風景な景色でも、その景色の中にモンシロチョウがヒラヒラと舞っていると、心が和む気がしたのを、なつかしく思います。
景色の中にモンシロチョウが居ない、現代の日常が、ちょっぴり私には寂しい気がします。


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いにしえの記憶第2章(その5) [いにしえの記憶]

過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

半世紀も前の機関車の塗色の話です。

私の親が中央線沿線に土地を買って家を建てることになり、私が小学校に入学したころから、毎週末、家族で候補の土地を見に行くようになり、頻繁に中央線に乗るようになりました。

当時、品川区に住んでいた私にとっては、山手貨物線や品鶴線で見慣れたEF10、EF12、EF13、EF15、EF60、EH10以外の電気機関車を中央線に乗るたびに見ることができることが、大きな楽しみでした。

当時、中央線の客車列車はEF13が牽引していました。貨物用機関車が客車列車を牽引する姿は、ある意味で新鮮でした。
貨物列車もEF13が多かったですが、ED17、EF11、ED60、ED61など、首都圏の他線区では見ることのできない釜を見ることができ ました。当時、EF10も中央線で活躍していたはずですが、何故か中央線では見た記憶が残っていません。特に私のお気に入りは全4両の小世帯のEF11でした。

私のいにしえの記憶では、当時見たED61と一度だけ見たことのあるED60のこの時代の塗色は「茶色」でも、新型直流電機の標準色である「青に前面窓下クリームの警戒色」でもなく、黒に近いグレー一色でした。
EH10のような黒光りするような真っ黒ではなく、所謂、チャコールグレーでした。因みに、当時、私が持っていた交通図鑑にもED61はチャコールグレーで描かれていました。

IMG_20090523059715 - コピー.jpg

その後、私は中央線の沿線に住むようになりましたが、ED61が新型直流電機の標準色になったのは、私が中学に入ってからです。それまでは、このチャコールグレーの塗色でした。

ED60、ED61は落成直後には茶色だった筈ですが、私は茶色時代のED60、ED61を見たことがなく、ワールド工芸のNゲージの ED61の茶色塗装を模型店のショーウィンドウで初めて見たとき、大層、違和感が有ったのを憶えています。

今、鉄道雑誌の車両解説などでも、このED60、ED61のこのカラーについては全く触れられることがありません。雑誌編集者やファンの頭の中から、この塗色の時期があったことが忘れ去られているのかもしれません。

しかし、私にとってED60、ED61といえば、 真っ先に浮かぶのは、小学生時代に見たこのチャコールグレーの塗色です。

1960年代以前のカラー写真は、もはや殆ど残っていないのかもしれませんが、是非、このチャコールグレー塗色時代のED60、ED61のカラー写真を見てみたいです。そして、半世紀前を懐かしんでみたいと思う、 今日この頃です。


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