So-net無料ブログ作成
検索選択

週末撮影記(11月29日) [撮影日記]

11月29日(日)
JR京都線沿線に出撃。

10月下旬に咳喘息で体調を崩したあと、11月中は仕事が忙しくて、休日は出歩く気が起きず、10月25日の「阪急レールウェイフェスティバル」以来、約1カ月振りの撮影です。

午前11時過ぎに新大阪駅構内のがんこ寿司ビールに、かつお、えんがわ、赤貝、ズワイガニ、数の子などのにぎりを食して、京都方面へ。

日曜日でしたが、4071レの運転があって、大好きなEF81を見ることができました。

IMG_DEL_17_20151129_4581 - コピー.jpg
EF652060 5087レ

IMG_DEL_15_20151129_4601 - コピー.jpg
EF510-14 3095レ

IMG_DEL_15_20151129_4609 - コピー.jpg
EF81725 4071レ


鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

魅惑の鉄道車両(第43回) [魅惑の鉄道車両]

私のことを魅了してやまない鉄道車両を紹介していきます。

第43回は国鉄(JR西日本)DD15です。ディーゼル機関車は魅惑の鉄道車両には初登場です。

IMG_DEL_15_20141116_8936 - コピー.jpg

雪国にあまり縁のない私は、残念ながら除雪機関車の走行シーンは殆んど見たことがないです。
唯一の経験は、奥羽本線(山形線)でのDD18の試運転シーンのみです。

しかし、除雪機関車には、その特殊性ゆえに何とも言えない魅力が感じられます。

1962年にDD13をベースに登場したDD15は、前後に装着したラッセル、旋回窓、補助前照灯などの装備で、豪雪と闘う機関車の厳しさが表現されていて、とても魅力的な姿に映ります。

国鉄DD13が貨物輸送改革のあおりでいち早く姿を消したのに対して、DD15は除雪という用途ゆえに結果として長く活躍しました。

現時点でも、JR西日本に在籍している車両があるようですが、すでに後継のキヤ143が登場しているため、残念ながら、間もなく姿を消す運命のようです。

除雪機関車そのものが車籍を持たない除雪モーターカーに取って代わられている昨今、DD15以外の除雪機関車も機会を作って記録していきたいと思います。


鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

いにしえの記憶第2章(その10) [いにしえの記憶]

IMG_DEL_15_20091101_2552 - コピー (2).jpg

過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第6弾です。

私が高校入学の頃から、中野良子さんの熱烈なファンになりました。

中野良子さんの印象がちょっとだけ残っているテレビドラマは、1972年にフジテレビで放映された「光る海」です。共演は沖雅也さん、島田陽子さんでした。
だだ、このドラマ、セリフなどにかなりきわどい性的表現があり、高校生の私にとっては、両親、家族と一緒にテレビを見るのが気恥ずかしく、あまり見てはいません。本当は中野良子さんを見たかったのですが・・・・・

中野良子さんの魅力が私に焼き付くことになったテレビドラマの1つが、1973年に日本テレビで放映された「さよなら・今日は」です。
下落合に暮らす、裕福だが複雑な問題を抱えた一家を描いたこのドラマは、私が今までの人生の中で、日本のテレビドラマとして最も強く印象に残る作品の中の1つです。硬質の素晴らしいドラマでした。
中野良子さんは、このドラマで浅丘ルリ子さん、栗田ひろみさんと三姉妹を演じています。中野良子さんの研ぎ澄まされたような美しさと声がとても魅力的でした。今も強く印象に残っています。

そして、中野良子さんの魅力が決定的に私に焼き付くことになったテレビドラマが、同じ1973年のNHK大河ドラマ「国盗り物語」です。
高橋英樹さんが織田信長を好演しましたが、このドラマの見所の1つは、明智光秀を演じた近藤正臣さんの快演(怪演)でした。「柔道一直線」の足ピアノで一世を風靡した近藤正臣さんが、明智光秀の心の葛藤、信長への憎しみが、やがて信長への殺意に変わっていくさまを見事に演じ、その演技は今でも私の心に強く刻まれています。
中野良子さんは明智光秀の正室である、お槙を演じています。健気にも夫、光秀のことを気遣い、必死に支えようとするさまは、すばらしい演技で、結末が悲劇と解っているだけに、余計、真に迫るものがありました。

この時代の衣装をまとった中野良子さんの繊細な美しさ、近藤正臣さんとの光秀夫婦の迫真の演技で、「国盗り物語」は忘れられないテレビドラマとなり、そして中野良子さんは、文字通り私が最も好きな女優さんとなりました。

この頃、私は高校2年でした。当時、クラスメートの男子が集まって、好きな女性芸能人の話をしたことがありました。クラスメートの中で人気ダントツ1位が大原麗子さん、続く2位が中野良子さんでした。当時のアイドル歌手、山口百恵さん、桜田淳子さん、麻丘めぐみさん、浅田美代子さんなどをあげたクラスメートが殆どいなかったことが、今になって考えると、とても不思議に思えます。きっと、皆、綺麗なお姉さまが好きだったのだと思います。

時が経って1990年、中野良子さんが、膝を抱えてグラス片手に首をかしげてセクシーな美しい声で、「女房酔わせてどうするつもり?」のニッカウヰスキーのテレビCMが流れました。目を見張るような、素晴らしいCMでした。中野良子さんのような女房に、そんなこと言われたら、どうするかは、火を見るよりも明らかですね。。。このテレビCMは後年、石田ゆり子さんで復刻されましたが、私は石田ゆり子さんでは、臨戦態勢にはほど遠いです。

因みに「国盗り物語」は総集編のテープは残っていますが、「さよなら・今日は」のテープは残っていないのでしょうか?
日本テレビさん、もしテープが残っているのなら、是非この素晴らしいドラマの再放送あるいはDVD化をお願いします!。そして、その映像を観て、中野良子さんの魅力にどっぷりと浸りたいと思います。


日記・雑談 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。







坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス

坂田晃一 テレビドラマ・テーマトラックス

  • アーティスト: テレビ主題歌
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックダイレクト
  • 発売日: 2012/06/27
  • メディア: CD



今日のうなこちゃん [つれづれ日記]

DEL_12_20151123_122617 - コピー.jpg

今日の昼間、クルマで浦和まで一人で買い物に。

浦和駅西口を通りかかったので、「うなこちゃん」を見ていくことに。

「うなこちゃん」の左手には、「緊急、別所沼公園のうなこちゃん、帰るのを待っています」と書かれた団扇を持っていました。

小さな女の子を連れた、おかあさんが立ち止まって、「別所沼のうなこちゃん、いなくなっちゃったんだよ」と女の子に説明する光景が、ちょっぴり悲しいです。

早く、帰ってくれれば良いのですが・・・・・


日記・雑談 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

気になったニュース [つれづれ日記]

IMG_DEL_15_20091115_2810 - コピー.jpg

昨日、さいたまの自宅に戻り、CATVでローカルニュースを観ていると、気になるニュースが。。。

別所沼公園にある浦和のマスコットキャラクター「うなこちゃん」の石像が持ち去られ、警察が窃盗事件として調べているとのこと。。。うーむ、、、このような事件、後を絶たないですね。

同様の像は、浦和駅西口にもありますが、私は初めてこの像を見たとき、「うなこちゃん」の頭の形から、てっきり性病予防の避妊具装着キャンペーンのキャラかな?ってマジで思いました。

それはさておき、旧中山道沿いに鰻の名店が多い浦和で生まれた「うなこちゃん」、今はすっかりマスコットキャラクターとして定着して、皆に愛されています。

一刻も早く「うなこちゃん」が見つかって、別所沼公園の元の場所に鎮座してくれることを、旧浦和市の市民の一人として心から祈りたいと思います。


日記・雑談 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

気になった鉄道ニュース [つれづれ日記]

IMG_DEL_15_20150516_1109 - コピー.jpg

最近気になった、鉄道ニュース。近鉄特急車両のカラーリング変更のニュースです。

近鉄の汎用特急車両の主力車両「22000系 ACE」の全面的なリニューアルとともに、カラーリングを変更し、大幅にイメージアップ を図るとのことです。
また、「22000系 ACE」以外の汎用特急車両についても順次カラーリング変更を行うとのこと。

新たに採用するカラーリングは、クリスタルホワイトを ベースにブライトイエローとゴールドを加えたフレッシュなカラーリングとのこと。・・・ですが、発表されたイメージ画像を見ると、近鉄特急としての存在感やインパクトが感じられないと思ってしまうのは、私だけでしょうか?、私はイメージ画像を見て電気検測車の「はかるくん」を連想してしまいました。

1958年の初代ビスタカー以来の近鉄特急のオレンジと紺のツートンカラーは、阪急のマルーンのカラーリングと同様に伝統と存在感があり、車両の風格を醸し出す、名デザイン、名カラーリングだと私は考えています。近鉄には汎用特急車両以外の特急車両が数多くありますが、オレンジと紺のカラーリングは近鉄特急ブランドのアイデンティティそのものだと私は思います。
そんな訳で、汎用特急車両のカラーリング変更のニュースは、私にはかなり残念です。

カラーリング変更の完了は2019年度とのことですが、それまでに伝統のカラーリングを纏った近鉄特急の記録をできるだけ多く残して行きたいと思います。


鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

気になった鉄道ニュース [つれづれ日記]

IMG_DEL_15_20110724_7063 - コピー.jpg

最近気になった、鉄道ニュース。JR・東急線と直通運転にらみ 相鉄が、車両と駅舎を全面刷新するとのニュースです。

ファンとして気になるのは、やはり駅舎よりは車両の刷新です。

2018年度にJR、19年に東急線との相互直通運転が始まることをにらみ、全車両の塗装を青を基調としたものに変更、一部の座席には本革シートを導入するとのこと。

各社乗り入れ区間で、一目見ただけで相鉄車両とわかる外観を目指した塗色は、濃青色です。発表されているイラストを見る限りでは、南海のラピートの塗色に近い印象です。

IMG_DEL_15_20150725_2563 - コピー.jpg

非日常的なデザインの南海50000系には、この色は似合うと思うのですが、日常の足となる通勤車両に、この色は不似合いな気がすると思うのは、私だけでしょうか?

車内でも他社との違いを打ち出すため採用する本革シートは、一般車両としてはJR九州の近郊型車両に採用実績がありますが、首都圏の混雑路線の通勤車両には、やはり不釣り合いな気がしてしまいます(※既に10月下旬から8000系で試験運用開始)。

最近、車両のイメージカラーが変わったばかりで、立て続けの塗色変更となる感が否めない相鉄ですが、このニュースを契機に、久しぶりに足を運んでみたいと思います。


鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。

いにしえの記憶第2章(その9) [いにしえの記憶]

IMG_DEL_15_20150726_2833 - コピー.jpg

過ぎ去った日々に徐々に埋もれていく、遠い日のいにしえの記憶

いにしえのブラウン管を彩った女優についての記憶。その第5弾です。

私が都立高校1年生だった1972年、明治5年の鉄道開業から100年の節目の年でした。

鉄道100年の記念事業として有名なものは、何といっても国鉄による「梅小路蒸気機関車館」の開館です。そして、記念事業の1つに、国鉄が制作に全面協力ということで大きな話題となったTVドラマ「鉄道100年 大いなる旅路」の放映がありました。オムニバス形式で1時間枠2回で1エピソードという構成、チャンネルは日本テレビでした。

無論、鉄道ファンだった私は、このドラマに大きな関心を持ったのでしたが、現代ドラマや海外ドラマ好きだった私にとって、あまり面白さが感じられず、たまに暇つぶしでチャンネルを合わせた程度でした。

ドラマ中で、ハチロク(8620)のナンバープレートを付けたC56が走ったり、戦前の時代設定なのにD51にシールドビームの補助灯が付いていたり、C62のナンバープレートを付けたD51が「はと」のヘッドマークを付けて走ったり、「鉄道ファンを馬鹿にしている!」と、ちょっと憤慨したものです(当時はガキで若かったです)。

ただし、小椋佳さんによる主題曲は美しく、とても癒される唄声で、当時はマスコミに一切、顔を見せなかった、小椋佳さんはどんなアーティストなのだろうと、大いに興味をもったのを憶えています。

初回放映の翌年、1973年に平日の夕方に再放送され、高校の授業を終えて帰宅した後、チャンネルを合わせることはありましたが、やはり根を詰めてこのドラマを観る気は起きませんでした。

しかし、当時、ブラウン管を食い入る様に観て、42年経った今でも鮮明に憶えていて、強烈な印象が残っているエピソードが1つだけあります。

東北地方を舞台に、貧しい小作の娘(武原英子さん)と機関士を目指す青年(森次浩司さん:ウルトラセブンのモロボシ・ダン)の悲恋のエビソードです。

娘は都会の工場で女工として働いていたのですが、工場が潰れて故郷の実家に戻ってきます。しかし、何人もの幼い兄弟、薬代のかさむ病床の母と小作の家の家庭環境は、とても厳しいものでした。食い扶持が増えることを意味する娘の帰郷を、父親は快く思いません。

一方で、故郷に戻った娘に再会した青年は、娘に対する長年の想いを告白して、自分が機関士になったら一緒になろう、それまで必ず待っていてくれとプロポーズ、娘も、とても嬉しい、一緒になりたいと青年に想いを返します。

しかし、案の定というか、母親の薬代、家族の生活のため、父親は娘を遊郭に売る契約書に判を押し、娘は遊女となるために列車で故郷を後にします。娘の乗った列車の機関助士は青年でした。

青年は必死に貯金をして、娘の居所を捜し出して、娘を身請けしようとしますが、既に娘の借金は雪だるま的に増えていて、準備した金では身請けできません。そして、二人は足抜けを試みて逃げ通して、一旦、二人は幸せを掴みかけたかにみえます。
・・・が、青年の思い通りにはならず、ドラマはとても悲しい結末を迎えます。高校生2年生だった私は、このドラマを観終わったときに、このドラマのようなことが現実に存在すれば、人生は余りにも不条理、こんなことがあってたまるか!と思ったものです。

武原英子さんは迫真の演技で、純情な田舎娘、艶やかさの内に深い哀しみを秘めた遊女、そして胸を患って命の灯が尽きようとする遊女を鮮やかに演じています。
どの役柄の武原英子さんも、とてもお美しく、私より10歳年上ですが、こんな女性と知りあってみたい思ったものでした。

このドラマを観た私の脳裏に鮮烈、強烈な記憶を残したシーンが2つありました。
1つは、ドラマのラスト間近、偶然、青年と再会した遊郭の部屋で、立派な機関士になった青年に「毎晩、何人もの男に抱かれて、何も感じなくなった」と武原英子さんが捨て台詞を吐くシーン。
もう1つは、226事件勃発で機関区から緊急招集が掛かって、偶然再会した遊郭から、足早に去っていく青年を追い、小雪舞う夜の雪道を赤い襦袢をまとった武原英子さんが裸足で駆けるシーン。
この2つのシーンは、それから42年、このドラマの中の武原英子さんの美しさとともに、事あるごとに思い出します。

武原英子さんは多くの時代劇ドラマ、現代ドラマに出演されていましたが、大いなる旅路のこのエピソード以外では、殆ど私の琴線に触れることはなく、それらの記憶は残っていません。
武原英子さんは、1980年、にしきのあきらさんと結婚されましたが、残念ながら1996年に50歳の若さで他界されました。

大いなる旅路の武原英子さん、これからも私の記憶のなかで、鮮やかに輝き続けてくれると思います。


日記・雑談 ブログランキングへ

鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。





最後の砦 [つれづれ日記]

IMG_DEL_15_20151102_4541 - コピー.jpg

写真は、10月30日(金)の幕張メッセで開催された「2015Japan IT Week 秋」で、にしてつデーターセンターのブースで配布されていた、西鉄8000形水都のペーパークラフトです。

このペーパークラフトを手にして思ったのは、大手私鉄16社(東京メトロを含む)で、私のだいぶ長くなった人生で一度も被写体にしたことがないのが西鉄。西鉄が残った最後の1社、最後の砦ということです。

今まで鹿児島本線の撮影には何遍も足を運んでいて、鹿児島線の車窓から宮地岳線(貝塚線)の車両を見た記憶はあります。

また、昨年の12月には三井化学専用鉄道の撮影に行ったときに大牟田に宿泊したのですが、結局、西鉄は見もしませんでした。

うーむ。。。こうなると、やはり一度は西鉄を写真に撮ってみたいと思います。前面非対称の5000形、6000形は結構好きな電車ですし、特急車8000形は2017年度いっぱいで3000形に置き換えられるようです。今が、行き時かもしれません。。。

近々、定期運用を持つ最後の現役交流電機となったJR貨物のED76の撮影に、九州入りを計画しているので、西鉄にも足を延ばすことを考えています。


日記・雑談 ブログランキングへ

鉄道 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。


散々な週末 [つれづれ日記]

DEL_12_20151030_150017.jpg

10月30日(金)は幕張メッセで開催されている「2015Japan IT Week 秋」の見学とセミナー参加で久しぶりの東京出張。10時開始のセミナーに間に合うように、6時13分の新大阪始発の「のぞみ」に乗車。

大阪にはすぐには戻らず、本日(11月2日)、会社を休み、11月3日までさいたまの自宅に居る計画。
マチの大きいビジネスバッグに一眼レフカメラを忍ばせて、さいたまに居る間に3回ほど撮影に行く予定で、「のぞみ」は出発したのですが・・・・・

先週の火曜日から風邪を引いていて、喉の痛みが続いて、金曜日の朝はかなり楽になっていたのですが、幕張に着いてから徐々に症状が悪化、咳が酷くなってきて、痰が全く切れない状態に。
自宅に帰宅して、早く寝たのですが、翌朝(10月31日)も症状は変わらず。。。

10月31日は「高崎鉄道ふれあいデー」に行くことを計画していたのですが、体調を鑑みて断念。久しぶりの高崎行きを楽しみにしていたのに残念!!
1Dayコンタクトが、もうすぐ無くなりそうだったので、予定を変えて近所の眼科医に行ったのみ。
家でおとなしくしていて、Dlifeで「Under the Dome」を観て寝たのですが、寝てから咳が酷くなり、満足に眠ることができず。

当然、昨日(11月1日)は、朝から寝不足で意識朦朧、但し、何故か昼間は咳があまり出ないので、昨晩、眠れなかった分、昼間に眠って取り戻した感じ。。。フジテレビの「映っちゃった映像GP」を観て早々と寝ました。因みに、この手のUFOとかエイリアンとかUMAが出てくる番組大好きなのですが、番組ゲストの矢口真理と熊切あさ美は、完全にそれらの上を逝く、ジョージ・アダムスキーもきっと悶絶するくらいの強烈なインパクトがありました。。。そして、またしても寝てから咳が酷くなり、満足に眠ることができず。

そんなわけで、本日(11月2日)も、朝から意識朦朧。遅まきながら、内科診療所に行くことに。。。
大雨でしたが、クルマを運転して、埼京線沿線のクリニックへ。下された診断は「せき喘息」。。以前も、同じような症状のときに「せき喘息」と言われたことがあるように思います。
4種類の薬を処方されました。ステロイドの飲み薬と吸入薬が各1つ含まれます。

とりあえず、薬を飲んで、現在は症状は少し落ち着いています、、、が、問題は今晩眠れることができるかです。。。

明朝、目覚めてスッキリしていたら、折角、一眼レフカメラを大阪から持ってきたので、朝方、撮影に出向こうかと密かに考えてはいるのですが・・・・・


日記・雑談 ブログランキングへ
人気ブログランキングに登録しています。よろしかったら、ポチッと応援をお願いします。